最近、「ブログの文章が長過ぎる」との指摘を受けています。(苦笑)
北欧研修シリーズ、遂にラストでございます。
当初の研修目的ごとに整理をして記載したいと思います。
研修テーマは以下の二つです。
①「スウェーデンの地方分権について」
②「高負担高福祉国家の実情について」
①「スウェーデンの地方分権について」
ヴェストラ・イェータランド県(スウェーデン)の副知事に、「スウェーデンでは、中央集権国家であった時代はあったのか?」と質問したところ、「自分が知る限りでは、国が全ての事を決め、地方に指示をして実行させるということをしていた時代はないと思う。そもそも、スウェーデンではそのようなやり方は国民に人気がない。」という回答が返ってきました。
そして、副知事のお話の根底にあるものとして、「地域のことを地域で決めるのは自然なこと」というのを感じました。
つまり、地方分権の本質というのは、地域のことは地域で決めるという非常に自然でシンプルな事であって、そこから組み立てなければ本当の意味での地方分権というのは実現されないということです。
地方議会の議員数が多いというのも、「地域のことは地域で決める」ということを具現化するために、より多くの住民からの意見を集めて議論を行うのだという意志の表れだと思います。
国で多くの物事を決めていくというのは、住民から遠いところにあるので住民の声が届きにくいのはもちろんのこと、組織が大きいため意志決定に時間がかかったり、実態に即していない政策を実施してしまいがちです。
デンマーク福祉省の事務次官補も、「地域のことは地域が決めるべきで、国がとやかく言うことではない」と話されていました。
また、地方分権改革推進委員会などの日本国内で行われている地方分権の議論を聞く中で、北欧研修前の私は、権限と財源がきちんと委譲されない限りは地方が主体的にやれることは少なく、まずは国においてしっかりとした制度改正が行われないことにはどうにもならないと考えているところがありました。
しかし、北欧に訪問して感じたのは、今の日本の地方では、財源と権限が委譲されたとしても、地域自身で議論して様々な事を自ら決めていけるほどの「自立した地方」には成り得ていないのではということです。
地域のことは地域で議論して、自ら責任持って物事を決めていくというシンプルな住民自治の経験を何度も積み上げていくことを今しておかないと、本格的な地方分権時代が到来したときに地域が立ち行かなくなります。
そういう意味で、今、地方がやらなければならないことがたくさんあると思いました。
②「高負担高福祉国家の実情について」
福祉国家として有名なスウェーデンの現状を見てきての率直な感想は、完璧な制度は無いのだなということです。
例えば、スウェーデンでは、18歳未満は無料であるなど医療費が安いことから、病院に行く人が多く、通常診療なら何ヶ月も先まで予約でいっぱいであり、救急診療でも出血していない限りは数時間待ちということで、日本では考えられない状況です。
しかし、スウェーデンのIT企業経営者からも話があったとおり、社会保障制度がしっかりしていて、最低賃金でも家庭が持てたり、労働法が厳しく雇用が守られているなど、国民が安心して生活ができている部分が今の日本よりはるかに多くあると感じました。
そのような「高福祉」を支えているのは、国民による「高負担」です。
ここで大切なのは、国民が、負担する重さと行政から受け取るサービスが同程度のものだと感じられるかどうかです。
スウェーデンでは、そのために、行政や政治を担う人間が不断の努力を行っており、その努力があるからこそ住民からの信頼を勝ち得ているように見えました。
以上①②のことを踏まえた宮崎県での展開として、私が行うべきだと考えることの一つは「情報公開」です。
①で記述している『自立した地方』となるためには、「地域のことを地域で決めるための判断基準となる情報を県民と県庁が共有するのは当然のこと」というスタンスでの情報公開が必要だと思いますし、②で記述している「行政に対する信頼を勝ち得る」ためにも徹底した情報公開が必要条件だと思います。
この情報公開をするにあたって、具体的に必要だと思うことを以下に挙げます。
《① ~地域のことを地域で決めるための判断基準となる情報を県民と県庁が共有する》
・事業計画時にパブリックコメントなどを実施するときは、「計画変更もしくは中止もあり得る」というスタンスで臨むこと。(「住民の声は一応聞いた」というようなアリバイ作りはしない)
・重要施策については、県民の中で議論が巻き起こるように工夫すること。
・できるだけ早い段階で計画発表を行い、県民の中で議論ができる時間を確保する。
《② ~行政に対する信頼を勝ち得る》
・どういう理由でどれだけの税金が必要なのかを分かりやすく明示する。
・支払われた税金が何に使われているのか住民に見える仕組みの構築。
(例えば、自動車税を支払う際の領収書に「3万円のうち6,500円は○○に使われ、3,300円は△△に使われ・・」と記載するなど)
・県民にも、現在の制度や事業が本当に適切なのか常日頃から見直せるよう県の施策を分かりやすく公開する。
①については、宮崎市における地域コミュニティ税の導入や橘通り公園化計画の進め方において大切な視点だと思いますし、②についても、現在の国政における消費税引き上げ論議の中で、なぜ必要なのかを具体的に示して、負担は発生するが、その分だけ将来に対して安心が生まれるのだということを国民に語るにあたり重要なことだと思います。
私自身は、日本の現状を打破するためには、ある程度の高負担高福祉(もしくは中負担中福祉)が必要だと考えています。そして、それを実施するための前提条件として、行政は住民に信頼していただかねばなりません。
今の地方分権への大きな流れの中、これからの地方政府こそが国民に対して主体的に行政を担うことになります。(そうしなければなりません。)
そのときに、宮崎県民に信頼してもらえる「宮崎県」にできるよう、今回の北欧研修で学んだことを活かして、地方政府の行政マンとしての役割を果たせる人材になりたいと思います。
最後に、今回の研修で学んだもう一つの大きなことは、「前提を疑え」ということです。
日本に帰ってきて、研修前の自分は、狭い世界のことだけで物事を考えていたなということを感じています。もちろん、国会議員でもない以上は現行法の枠内でしか実際の施策は行えないのですが、県民の生活福祉向上を図るにあたっては、柔軟に様々な手段を検討すべきだと思いますし、前提となる枠組みも含めて将来的にはどうあるべきだということがしっかりと議論できる人間にならなければと思いを新たにしたところです。
この北欧研修シリーズのブログを書いていて、学んできたことを文章にして表現することの難しさを非常に感じました。
現地では、いろんな話を聞き、現場もたくさん見させていただきましたが、どれだけこのレポートの中で表現できただろうかと思います。自分の現在の力不足も痛感したところです。
今回、このような形で海外に行かせていただき、各分野の最先端で活躍されている方のお話を生で伺う機会をいただけたのは、何事にも代え難い貴重な経験でした。
このことを、今後の県庁生活の中で県政に少しでも活かせるように一つ一つ努力していきたいと思います。
今回の研修で一番苦労したのは、実は出発前の現地とのやり取りでした。
準備を始めた当初、訪問先のアポイント取りをいろんな手段で試みましたが、1ヶ月以上うまくいかない時期がありました。
そんなときに巡り会ったのが、通訳も1日してくださった高恭子さんです。
訪問先のアポイント取りや他の通訳の方の手配等の現地でのコーディネートをしてくださいました。
今回の研修を無事終えることができたのは、高さんのお陰でした。
最後に心から感謝申し上げます。ありがとうございました。