大事なものは何で、今は何を我慢せざるを得ず、でも、耐えることで見える光は何。

楠並木通りH23.5
ただいま県議会開会中です。

私のいる部署は、ここ数年、県議会からの質問が非常に多い状況です。
つまりは、それだけ関心が高く、問題意識を持っている方が多いと言えます。
今回の県議会でも、質問が複数出ています。

議会について、今、思うことを少しだけ。

地方議会での議論というのは、やはり非常に大事なものです。
地方分権が今後進んでいくと、地域のことは地域で決めていかねばならず、となると、地域が進む方向性を住民を巻き込みながらまっとうに議論ができる地方議会でないと、みんなが納得できる社会になっていきません。

地方分権のメリットの一つとして、テレビの向こうの国会の中で(つまり、遠い世界で)決められてきてた生活に関わる大事なことが、市役所や県庁の横の「地方議会」という住民に近いところで議論されるわけなので、より身近に、より声も届けやすくなることがあります。

しかし、政治不信が叫ばれて久しい昨今、地方議会において住民が関心を持つような議論(議会での質問)をしていかないと、政治・行政と住民との距離は縮まりません。
「関心を持つ」というのは、面白おかしくという意味ではなく、住民がしっかり議論してほしいと思う大事なことを素直に議論していくことだと思います。

その一方で、政治家になるには選挙を潜り抜けるしかないため、いわゆる旧来型の政治というのは、応援してくれた人の意見を聞いて、それをそのまま議会で質問するということがあったと思います。
もちろん、それも大事な声ですので、それが住民にとって真に大切なものであれば問題ないのですが、一部の人の利益を代表するような議論になってくると、旧来型の政治と変わりがなく、政治との距離を感じ、無力感というか、どうせ変えられない遠い世界のこと・・・となってしまいます。

K県議報告会H23.6今は、どの自治体も国も財政状況が良いわけではなく、「これは大事だから予算を付けてくれ」というだけでは、どうしようもない現状があります。
つまり、大事な課題はたくさんあって、その中から優先順位を付けざるを得ないのです。

また、ある意味において、「これが大事だから予算を付けろ!」というのは簡単で分かりやすいですし、有権者(もしくは支援者)受けも良いです。

しかし、現実は、あれかこれかを選ばざるを得ないのです。

住民の代表として選ばれてきた政治家にこそ、本当に大事なものは何で、今は何を我慢せざるを得ないのか、そして、今を耐えることでその先に見えてくる光を議論していただきたい・・・・・とかいうことを悶々と考えながら、汽車に揺られて帰宅する梅雨時期の夜です。

P.S.
日南線の終電で帰ってましたら、北郷駅でまさかのストップ。
大雨のため、線路をチェックしなければ進めないとのこと。。。そして汽車の中で1時間近く待つはめに・・・まあ、そのおかげでブログ原稿を書き上げてしまいましたが。(苦笑)

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